「ゴルフボールを入れた靴下で、車体を叩き、修理費を水増しする」
2023年に明らかになった、中古車販売大手・ビッグモーターで横行していた、常軌を逸した不正請求。このニュースを見て、多くの人は「自動車業界の、特殊な問題だ」と感じたかもしれません。
しかし、私は、一人の医師として、この事件の奥に、我々医療界が抱える、極めて根深い“病”と、全く同じ構造を見ています。
この記事では、このビッグモーター事件を、一つの「症例」として解剖し、その病巣が、いかにして、我々の日常(医療現場)にも、静かに転移しているかを考察します。
ビッグモーター事件の概要
まず、客観的な所見を整理します。
共犯関係: 損害保険会社「損保ジャパン」が、不正を黙認する見返りに、自賠責保険の契約を得ていたという、癒着疑惑も浮上。
主訴: 事故車修理における、組織的な保険金の不正水増し請求。
現病歴:
手口: ゴルフボールを入れた靴下や、ドライバーで、故意に車体を傷つける。
不必要な部品交換を行う。
背景: 調査報告書によれば、事故車修理1台あたり「14万円前後」という、極めて高い利益ノルマが、現場に課せられていた。
組織的関与: 従業員へのアンケートでは、不正に関与した理由として「上司からの指示」が6割近くを占めた。
不正を生んだ、2つの主因
主に以下の2つに特定できます。
① 過剰なノルマ「事故車1台あたり14万円」という、現場の実態を無視した、非現実的な利益目標。これが、現場の従業員を、不正行為へと駆り立てた、全ての始まりです。
②「上からの指示」という、逆らえない文化「上司からの指示」という、トップダウンの強力な圧力によって異を唱えることができない、硬直した組織文化が、さらに加速させたのです。
医療現場では?
この「過剰なノルマ」と「上からの圧力」という関係性。 残念ながら、我々医療界ではどうでしょうか
ケース①:「宿日直許可」という、建前と本音
「ほとんど労働の実態がない」という建前(理想)の下、実際には、救急車の対応や、緊急手術に追われる。この、制度と現実の、深刻な乖離が、医師に「サービス残業」という名の、無給労働(不正)を強いる構造は、ビッグモーターのそれと、何が違うのでしょうか。

ケース②:「平均在院日数」という、経営的プレッシャー
そして、今や黒字の病院を探すことが難しい
病院経営のために、DPCにおける「平均在院日数」を、可能な限り短縮する、という目標(ノルマ)。これが、時に、患者さんにとって、必ずしも最適ではない、早期の転院や退院を、現場の医師に、無言の圧力として、強いることはないでしょうか。
ケース③:メーカーと医師の関係
不正の恩恵を受けるために、見て見ぬふりをした、損保ジャパン。我々医師もまた、製薬会社や、医療機器メーカーとの、様々な関係性の中で、時に、その透明性や、患者さんへの利益相反について、見て見ぬふりをしていることは、本当に、一つもないと、胸を張って言えるでしょうか。

まとめ:組織の「病」に、どう向き合うか
ビッグモーター事件は、他人事ではありません。 それは、非現実的な目標と、過剰なプレッシャーが、いかにして、誠実なプロフェッショナルを、非倫理的な行動へと追い詰めていくか、という、現代社会の普遍的な「病理」を示しています。
我々医師は、自らが、このような組織の「病」の、加害者にも、そして、被害者にもならないために、常に、自らの置かれた状況を、客観的に、そして、批判的に、見つめ続ける必要があるのです。