恋人との別れ、家族との不和…。 プライベートにおける精神的なダメージは、我々医師の臨床パフォーマンスに、無視できない影響を及ぼします。
「プロとして、私情は仕事に持ち込まない」──それは理想ですが、人間である以上、常に可能とは限りません。
この記事では、このプライベートの不調が、いかに我々の判断力を鈍らせ、医療安全を脅かすか、その“病態”を分析し、そこから迅速に回復し、プロフェッショナルとしての健全性を取り戻すための、具体的な回復プロトコル(自己処方箋)を提案します。

なぜ、プライベートの悩みは、仕事のパフォーマンスを低下させるのか?
プライベートでの精神的ダメージが、仕事のパフォーマンスを低下させるのは、単なる「気の緩み」ではありません。そこには、明確な医学的・科学的メカニズムが存在します。
① 認知リソースの枯渇:悩みや反芻思考は、臨床判断やマルチタスクに必要な「ワーキングメモリ」を著しく消費します。これにより、普段ならしないようなケアレスミスが誘発されたり、複雑な症例に対する思考の深さが失われたりします。
② ストレスホルモンによる影響:慢性の精神的ストレスによるコルチゾール値の上昇が、脳の海馬の機能、すなわち記憶力や学習能力に悪影響を及ぼすことは、よく知られています。
③ 共感力の低下と、コミュニケーションエラー:精神的に疲弊していると、患者さんへの共感的な態度を維持するエネルギーが枯渇し、無意識に冷たい対応をとってしまうリスクがあります。これは、患者さんとの信頼関係を損なう、最も避けたい事態の一つです。
私の経験 医局人事が、一つの恋を終わらせた時
私自身も、この「プライベート不調症候群」に、深く苦しんだ経験があります。
かつて、同じ病院で働く医師と、お付き合いをしていました。お互いの仕事への理解もあり、順調な関係だったと思います。しかし、医局人事によって、私たちの勤務地は、新幹線を使わなければ会えない距離になってしまいました。
頭では仕方のないことだと分かっていても、心はついていきません。すれ違う時間、募る寂しさ。結局、私たちは別れることになりました。
その後の数ヶ月は、正直に言って、かなり辛かったです。仕事をしていても、ふとした瞬間に「どうしてこうなったんだろう」と考えてしまう。夜、一人になると、このままずっと一人なのではないか、という漠然とした不安に襲われる。
この時、私は、自分の臨床パフォーマンスが、確実に低下していることを自覚していました。
【治療プロトコル】精神的ダメージから回復するための、4つの処方箋
この症候群から、いかにして回復すべきか。私が実践したものも含めて、有効だった4つの「自己処方箋」を紹介します。
処方箋①:戦略的業務縮小(負荷の低減)
心が疲弊している時に、普段通りの業務量をこなすのは不可能です。責任の重い仕事や、新規のタスクは、可能であれば、信頼できる同僚に任せるか、上司に相談して一時的に減らしてもらいましょう。「頑張らない」という、勇気ある決断が必要です。
処方箋②:専門家・第三者への相談(カウンセリング)
友人や家族に話すだけでも、心は軽くなります。しかし、より客観的で、専門的なサポートが必要な場合もあります。ココナラなどのオンラインサービスを使えば、24時間いつでも、匿名でカウンセラーに相談することが可能です。
処方箋③:時間創出のための、外部委託(アウトソーシング)
精神的に疲れていると、掃除、洗濯、料理といった、日常的な家事すら、大きな負担になります。家事代行サービスなどを利用し、「時間」と「気力」をお金で買う。そうして生まれた余裕を、休息や自己回復に充てるのは、極めて合理的な投資です。
処方箋④:知的インプットによる、視点の転換(読書療法)
思考が内向きになりがちな時こそ、外部からの知的刺激が、凝り固まった視点を変えるきっかけになります。私の場合は、ヴィクトール・フランクルの『夜と霧』が、人生の困難とどう向き合うべきか、という大きな視座を与えてくれました。デール・カーネギーの『道は開ける』も、悩みを客観視する上で、非常に役立ちました。
まとめ:自分をケアすることも、医師の重要な仕事
プライベートの不調は、パフォーマンスを蝕み、ひいては患者さんを危険に晒す、明確なリスク因子です。 そのリスクを認識し、自らの心と体を、プロとして主体的にケアすることも大事なことだと思います。