【医師の訴訟リスク学】「転医義務違反」で賠償命令も。自分と患者を守る、判断プロトコル|2025年版

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転医義務違反に関する医療過誤裁判

「このまま自院で診るべきか、それとも高次機能病院へ送るべきか…」

臨床現場で、この判断に迷った経験のない医師はいないでしょう。この一瞬の判断は、我々医師の臨床能力と、プロフェッショナリズムが最も問われる瞬間の一つです。

そして、安易な「抱え込み」は、時に患者の予後を悪化させ、我々自身を、取り返しのつかない訴訟リスクに晒します。

この記事では、実際に約1,800万円の賠償命令が下された裁判例などを基に、「転医義務」という重い責任を正しく理解し、自らと患者を守るための、具体的な判断プロトコルを解説します。

目次

【法的根拠】我々が負う「転医義務」とは何か?

まず、この義務が法的にどう定義されているかを理解することが、全ての出発点です。

「転医義務」とは、自院の設備や、自身の専門性では、患者に対して、その時点で最善の医療を提供することができない、あるいは、その可能性が少しでもある場合に、遅滞なく、より適切な医療を提供できる高次機能病院へ、患者を転送しなければならない、という医師に課された法的な義務を指します。

最高裁判所の判例でも、「開業医の役割は、…患者に重大な病気の可能性がある場合には高度の医療を施すことのできる診療機関に転医させることにある」(最高裁 H9.2.25判決)と明確に述べられており、これは勤務医・開業医を問わず、全ての医師に当てはまる重い責務です。

【ケーススタディ】判例から学ぶ、判断の分水嶺

この義務違反が、実際にどのように認定されるのか。具体的な事例を見てみましょう。

  • ケース①:人吉市の医療過誤訴訟(熊本地裁 R5.4.19判決)概要: 腹痛を訴え救急搬送された女性が、入院翌日に死亡。遺族は「適切な医療機関へ転院させる義務を怠った」として提訴。 判決: 裁判所は、「CT検査など、より高度な検査を行える病院に転送していれば、救命できた可能性があった」として、病院と医師に約1,800万円の賠償を命じました。
  • ケース②:腸閉塞の事例(東京地裁 H27.1.27判決)概要: 腹痛を訴えた女性が、最初に受診した有床診療所に入院後、腸閉塞で死亡。 判決: 裁判所は、「診療所は、大規模病院に転送しなかったミスを認め」、診療所に1,100万円の支払いを命じました。

これらの事例が示すのは、「自院でできる限りのことはした」という主張だけでは、法的責任を免れられない、という厳しい現実です。

【実践プロトコル】転医義務違反を回避するための、3つの必須アクション

では、我々は、日々の臨床で、具体的に何をすべきなのでしょうか。

アクション①:「自院の限界」を客観的に認識する

常に、「この患者さんにとって、この場所が本当にベストなのか?」と自問する習慣が重要です。

  • 診断・治療に必要な設備(CT, MRI, 緊急内視鏡など)は揃っているか?
  • 各科専門医のサポート体制(バックアップ)は万全か?
  • そして何より、自身の専門性と経験で、本当に100%対応可能なのか?

少しでも「No」という答えが頭をよぎった時が、転送を考慮すべき最初のサインです。

アクション②:「紹介状を書いて終わり」にしない、確実な引き継ぎ

転医義務の履行は、「紹介状を渡す」だけで完了しません。

  • 転送先の医療機関に電話で連絡し、患者の状況を説明し、受け入れの内諾を必ず得る。
  • 患者の診療経過や、こちらが懸念している鑑別診断などの情報を、口頭および書面で、正確に引き継ぐ。

この積極的なコミュニケーションこそが、医師間の連携の基本であり、自らを守る盾となります。

アクション③:「搬送中のリスク」まで管理する

患者を転送すると決めた場合、その搬送手段の選択と、搬送中の安全管理も、紹介元医師の重要な責務です。 過去には、急変が予想される患者を家族の車で搬送させた結果、到着前に死亡し、紹介元医師の注意義務違反が認定された判例もあります。患者の状態に応じ、救急車を要請するなど、最も安全な搬送手段を選択してください。

最後の砦としての「医師賠償責任保険」の重要性

どれだけ慎重に判断し、最善を尽くしたとしても、医療に「絶対」はありません。万が一、転医義務違反を問われ、訴訟に発展してしまった場合、我々医師を守る最後のセーフティネットが「医師賠償責任保険」です。

特に、スポットバイトや非常勤勤務が多い先生方は、勤務先の病院が加入する保険だけでは、全ての医療行為がカバーされない可能性があります。自らのキャリアと資産を守るための“お守り”として、個人での加入は、もはやプロフェッショナルとしての必須事項と言えるでしょう。

まとめ:適切な「転医」は、医師の誠実さと能力の証

「転医」の判断は、決して「ギブアップ」や「敗北」ではありません。 それは、自らの能力の限界を謙虚に認め、患者にとっての最善を追求し、そして、自らが負うべき責任の重さを正しく理解している、誠実で、極めて能力の高い臨床医だからこそできる、最高の医療行為の一つなのです。

免責事項

本記事は、医療訴訟に関する情報提供を目的としており、法的な助言ではありません。個別の事案における法的な判断については、必ず弁護士等の専門家にご相談ください。

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この記事を書いた人

こんにちは、現役医師のDr. Harvです。
このブログは、医師特有の「論理的思考」を武器に、多忙な同業の仲間たちの人生における3大テーマ【キャリア・お金・QOL】を最適化するための、戦略と実践録を発信するプラットフォームです。
単なる情報ではなく「思考のOS」をアップデートする、信頼できるナビゲーターでありたいと考えています。

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