世間が祝賀ムードに包まれる年末年始。我々医師にとっては、一年で最も緊張を強いられる「特殊な戦場」の一つです。クリニックは休診し、救急要請は増加。限られたリソースの中で、普段とは異なる症例にも対応しなくてはなりません。
この戦いを、気力や体力といった「根性論」だけで乗り切るのは、もはや時代遅れです。
この記事では、年末年始の当直がなぜ過酷なのかを論理的に分析し、その上で、先生ご自身のパフォーマンスと心身を守り抜くための、具体的な戦略と心構えを「サバイバルガイド」として解説します。
【課題①】救急要請の洪水 → 思考の「トリアージ」を徹底する
年末年始は、地域の開業医が一斉に休診に入るため、軽症のウォークイン患者から救急搬送まで、あらゆる患者が病院の救急外来に集中します。
この状況で最も重要なのは、思考の「トリアージ」です。全ての患者に100%の力を注ぐのは不可能です。重症度と緊急度を瞬時に判断し、自身の認知リソースをどこに優先的に投入すべきか、冷静に判断するトレーニングと捉えましょう。軽症者への対応は効率的に、しかし重症者を見逃さない鋭い観察眼が求められます。

【課題②】季節特有の症例 → 対応プロトコルの事前確認
年末年始には、特有の疾患や外傷が増加します。これらは予測可能であり、事前の準備が極めて重要です。
その他: 暴飲暴食による急性胃腸炎や急性膵炎、冬に流行するインフルエンザ、感染性胃腸炎(ノロウイルスなど)も念頭に置く必要があります。
餅による窒息: 高齢者に多く、搬送時にはすでに重篤な状態であることが少なくありません。窒息解除の手順や、その後の低酸素への対応などを、当直前に数分でも再確認しておくだけで、いざという時の動きが変わります。
急性アルコール中毒: ほとんどは点滴と経過観察で済みますが、酩酊状態での暴言・暴力、関連する外傷、急性膵炎などの合併症には注意が必要です。警察や警備員との連携手順も頭に入れておきましょう。
【課題③】検査体制の制約 → 「臨床能力」への原点回帰
年末年始は、外注の特殊な血液検査や、細菌培養検査の結果がすぐには得られません。
普段、我々がいかに多くの検査データに頼って診療しているかを痛感させられる瞬間です。
しかし、これをネガティブに捉える必要はありません。
むしろ、これは我々医師の原点である「丁寧な病歴聴取」と「精緻な身体所見」の重要性が増す、絶好の機会です。限られた情報から最適な初期治療を導き出す、純粋な臨床能力が最も試される場面だと考えましょう。
【若手医師へ】この経験をどう「成長の資産」に変えるか
慣例的に、年末年始の当直は経験の浅い若手医師に割り当てられがちです。プレッシャーは大きいですが、これはまたとない成長の機会です。
- コンサルトの作法を学ぶ: 一人で抱え込まず、適切なタイミングで上級医にコンサルトすることは、若手医師の最も重要なスキルの一つです。この機会に「どのタイミングで、何を、どのように報告・相談するべきか」を実践的に学びましょう。
- 経験を言語化する: 当直明けに、経験した症例や判断に迷った点を数行でも書き留めておく(当直振り返りノート)ことで、全ての経験が次に活きる「資産」に変わります。
まとめ:年末年始の当直は、医師としての総合力が試される場
年末年始の当直は、確かに過酷です。しかし、それは単なる「忙しいだけの仕事」ではありません。 限られたリソースの中で、論理的に思考し、冷静に判断し、チームと連携する。まさに、医師としての総合力が試される、非常に価値のある経験です。
この記事で紹介した戦略的な視点が、先生の年末年始の当直を、少しでも安全で、実りあるものにする一助となれば幸いです。
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