日経平均株価が、史上最高値を更新し続ける、2025年。 しかし、ネット証券の売買ランキングを覗くと、そこには、常に、一つの“違和感”が存在します。
日経平均の下落に賭ける、レバレッジ型ETF「日経ダブルインバース」が、常に、買いランキングの上位に、鎮座しているのです。
なぜ、多くの個人投資家は、上昇し続ける市場に対し、まるで、自ら損失を求めているかのような、非合理的な行動を取り続けるのでしょうか。
それは、彼らが愚かだからではありません。我々の脳に、生来的に備わっている「認知バイアス」という、思考の“バグ”が、そうさせているのです。この記事では、この現象を、投資心理学の観点から、医師として解剖します。
【病態分析】「ダブルインバースを買い続ける」という行動の、4つの認知バイアス
この集団的な「逆張り」行動は、主に4つの、よく知られた認知バイアスで説明できます。
① 正常性バイアス(Normalcy Bias)
「日本の“失われた30年”」という、あまりにも強烈な過去の経験則から、「いずれ、また、必ず下がるはずだ」「今の上昇が、むしろ異常なのだ」と、現状の大きな構造変化を、正しく認識できず、過去のパターンに固執してしまう心理状態です。
② 損失回避性(Loss Aversion)
プロスペクト理論で示された、人間の最も基本的な特性の一つ。すでに保有しているダブルインバースの「含み損」を、確定させたくない、という強い感情が、「もう少し買い増せば、平均取得単価が下がり、少し戻しただけで助かるかもしれない」という、さらなる「ナンピン買い」という、より非合理的な行動を誘発します。
③ 平均への回帰(Mean Reversion)への過信
「上がりすぎたものは、いつか平均的な水準に戻る」という、統計学的な原則を、明確な根拠なく、今の市場に当てはめてしまう思考です。「さすがに、もう天井だろう」という期待が、下落へのベットを正当化します。
④ ポジショントークへの同調(Confirmation Bias)
SNSなどで、「そろそろ暴落が来るぞ」といった、自分の考えを肯定してくれる、威勢のいい情報ばかりを探し、それに安心感を覚えてしまう心理です。客観的なデータよりも、心地よい意見を信じてしまいます。
【構造的欠陥】「減価」という、ダブルインバースが抱える、もう一つの“病”
これらの心理的な罠に加え、日経ダブルインバースという金融商品そのものが、長期保有には全く向かない、致命的な構造的欠陥を抱えています。 それは、市場が横ばい(レンジ相場)であっても、その計算の仕組み上、時間と共に価値が「減価」していく、という特性です。
では、我々はどうすべきか?
この、認知バイアスと、商品の構造的欠陥という、二重の罠から、自らの資産を守るための処方箋は、非常にシンプルです。
それは、「市場の“今”の方向性を、短期的に、正確に予測することは、誰にもできない」という、謙虚な前提に立つことです。
そして、その予測が不要な、最も合理的な戦略、すなわち、「世界経済全体の、長期的な成長に乗る」という、インデックス投資を、淡々と続けること。それこそが、我々のような、本業で多忙な医師にとっての、最適解なのです。

まとめ:市場と戦う前に、まず、自分の「脳のクセ」と戦う
「日経ダブルインバースを買い続ける」という現象は、我々人間の脳が、いかに合理的ではなく、そして、いかに過去の経験と、心地よい情報に、引きずられやすいかを示す、格好のケーススタディです。
市場の未来を予測しようと試みる前に、まず、自分自身の「脳のクセ(認知バイアス)」を理解し、それをコントロールするための、論理的なフレームワークを持つこと。 それこそが、長期的な資産形成の成功と、失敗を分ける、最も重要な分水嶺と言えるでしょう。
関連記事

