土曜、午後11時。デスクは静まり返っている。 傍らには冷めたコーヒーと、山積みの資料。
すべては、明日の発表のため。
最後の仕上げに取り掛かろうと、長年の相棒であるレッツノートの電源ボタンを押す。
…沈黙。
焦りを抑え、もう一度、強く押す。
…漆黒の画面が、無情にも現実を突きつける。
頭をよぎるのは、この中にあるデータの数々。数ヶ月分の研究データ。何度も修正を重ねた発表スライドの最終版。書きかけの論文。共同研究者との共有ファイル…。
血の気が引き、心臓が跳ねるのを感じる。ACアダプターを抜き差しし、意味もなく電源ボタンを連打するが、相棒は応えない。
「なぜ、よりによって今日なんだ…」
これは、特別な誰かの話ではありません。多忙な業務の合間を縫って、研究や自己研鑽に励む医師なら、誰の身にも起こりうる悪夢です。
【!】今まさに、この状況でお困りの方へ もし、先生が「今まさに」PCが起動しないという緊急事態に陥っているのであれば、まずは以下の記事で紹介している「強制再起動」などの初期対応を試してください。多くの場合、この段階で復旧する可能性があります。
しかし、この悪夢は、事前のわずか15分の投資で、回避できる未来でした。
PCが起動しないという「心停止」状態に陥った際、唯一の蘇生手段となる「デジタル救急キット」。その中核をなすのが、今回作成する『ブータブルUSB』です。
この記事では、なぜこの「救急キット」が我々医師にとって不可欠な「常備薬」なのかという戦略的意味と、多忙な先生でも確実に準備できる、最も安全な作成プロトコルを解説します。
未来の自分を救うための、15分のリスク管理を、今始めましょう。
「クラウドがあれば不要では?」という疑問への回答:役割の違い
さて、具体的な作成手順に入る前に、多くの方が抱くであろう疑問に答えておきます。
「日常的にOneDriveやGoogle Driveでデータをバックアップしているから、こんな面倒なUSBは不要ではないか?」
その考えは、半分正しく、半分誤りです。
なぜなら、両者は守る対象と目的が全く異なるからです。これを、我々医師の業務に例えてみましょう。
- クラウドストレージ(OneDriveなど)=『継続的管理』 これは、日々のデータの健康を維持するためのものです。論文ファイルやスライドを自動で同期し、誤って削除しても復元できる。PCが盗難・紛失にあっても、データそのものは守られます。これは「データ」の健康を守るための、極めて重要な日常の備えです。
- ブータブルUSB=『救急カート・除細動器』 一方こちらは、PCが起動しない、OSがクラッシュした、という「PCの心停止」状態に陥った際に、システムそのものを救命・蘇生させるための緊急介入ツールです。いくらクラウドにデータがあっても、PC自体が起動しなければ、そのデータにアクセスすることすらできません。
結論として、両者は役割が全く異なる「補完関係」にあり、両方備えて初めて、医師のPCリスク管理は万全と言えるのです。
日常の健康管理(クラウド)と、万一の救命措置(USB)。我々がその両方の重要性を知るプロであるからこそ、自身のデジタル環境においても、この二段構えの備えを構築しておくべきだと私は考えます。
【推奨プロトコル】Microsoft公式ツールを使った安全な作成手順
では、その「救急カート」の作り方を具体的に見ていきましょう。 ブータブルUSBの作成方法はいくつか存在しますが、ここでは安全性と確実性を最優先し、開発元であるMicrosoftが提供する公式ツールを用いた方法を「第一選択」のプロトコルとして解説します。
【準備するもの】
- 空のUSBメモリ: 最低8GB以上の容量。(※安定性を考え16GB以上を推奨)
- インターネットに接続されたWindows PC: ツールをダウンロードし、Windowsのイメージファイルを作成するために使用します。
【作成手順】
- メディア作成ツールのダウンロード
Microsoftの公式サイトからメディア作成ツールをダウンロードします。 - ツールの起動と設定
ツールを起動し、ライセンス条項に同意します。「別のPCのインストールメディアを作成する」を選択し、言語、エディション、アーキテクチャを設定します。 - USBフラッシュドライブの選択と作成
「USBフラッシュドライブ」を選び、接続したUSBメモリを選択して作成を開始します。 - WindowsのダウンロードとUSBメモリへの書き込みが自動で開始されます。完了するまで15~30分程度お待ちください。
- 完了「USBフラッシュドライブの準備ができました」と表示されたら、「完了」をクリックして終了です。これで、先生の「デジタル救急キット」が完成しました。
ブータブルUSBとは?
ブータブルUSBとは、コンピュータを起動させたり、「ブート」させたりするために使用できるUSBドライブのことです。ブータブルUSBは、コンピュータに新しいオペレーティングシステム(OS)をインストールしたり、既存のOSの問題を解決するために使用することができます。ブータブルUSBを作成するには、目的のOSのインストールISOファイルとUSBドライブが必要です。ブータブルUSBを作成するには、USBドライブと希望するOSのインストールISOファイルが必要です。
(参考)上級者向けの別なアプローチについて
公式ツール以外に、「Rufus」というサードパーティ製ソフトや、「コマンドプロンプト」を使う方法も存在します。これらは、特殊な形式のパーティションを作成したり、より細かい設定が可能ですが、その分、操作が複雑になり、誤操作のリスクも伴います。
結論として、Windowsの修復や再インストールという目的においては、特別な理由がない限り、Microsoft公式ツールを使用するのが最も安全かつ合理的です。
方法2: Rufusを使用する方法
- USBメモリ
- Rufusソフトウェア
- Windows ISOファイル
手順
- Rufusのダウンロードと起動
Rufusを公式サイトからダウンロードし、起動します。 - 設定とブートUSBの作成
デバイスにUSBメモリを選択し、ブート選択でダウンロードしたISOファイルを指定します。設定を確認し、「スタート」をクリックして作成を開始します。
方法3: コマンドプロンプトを使用する方法
手順
- USBメモリの接続とコマンドプロンプトの起動
USBメモリをPCに接続し、コマンドプロンプトを管理者権限で起動します。 - Diskpartコマンドの実行
diskpart
を入力してEnter。list disk
でディスクのリストを表示し、USBメモリを選択します。 - ディスクのクリーンアップとフォーマット
clean
、create partition primary
、format fs=fat32 quick
のコマンドを順に実行します。 - ISOファイルのコピー
ISOファイルの内容をUSBにコピーします。
USB作成後にやるべきこと:バックアップ戦略の確立
救急キット(ブータブルUSB)は、あくまで緊急時の「治療薬」です。最も重要なのは、日頃からの「予防」、すなわち定期的なバックアップです。
PCが起動しなくなっても、バックアップさえあれば、新しいPCにデータを復元してすぐに業務を再開できます。外付けSSDなどを活用し、「月に一度」などルールを決めて、PC全体のシステムイメージをバックアップしておく習慣をつけましょう。
【医師の処方箋】万一の事態に備える「PC救急キット」の中身
ブータブルUSBと合わせて、以下のアイテムを準備しておくことで、先生のリスク管理体制は万全になります。
処方箋①:ブータブルUSB用 高信頼性USBメモリ

緊急時に確実に機能することが求められるため、信頼性の低い安価な製品は避けるべきです。実績のある国内メーカー製などが安心です。私が選ぶなら、熱にも強く、実績のあるKIOXIA(旧東芝メモリ)製などを選択します。
処方箋②:バックアップ用 外付けSSD

大切な研究データや論文を守るための、いわば「データ保管庫」です。速度が速く、衝撃にも強いSSDタイプがおすすめです。日々の診療で「予防が最も優れた治療である」と知る我々だからこそ、データの予防策も万全にしておくべきです。
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まとめ:PCの備えは、プロフェッショナルのリスク管理
ブータブルUSBの作成は、難しいIT作業ではありません。 それは、自らの貴重な「時間」と「情報資産」を守り、専門家としての業務を滞りなく遂行するための、論理的でプロフェッショナルなリスク管理活動の一つです。
このガイドが、先生のデジタルライフにおける、信頼できる「常備薬」となれば幸いです。
よくある質問(FAQ)
- 必要なUSBメモリの容量は最低何GBですか?
-
最低8GBが必要ですが、Windows Updateなどにより将来的に必要容量が増える可能性を考慮し、安定動作のためには16GB以上の製品を推奨しています。
- 作成にかかる時間はどれくらいですか?
-
お使いのPCの性能やインターネット回線の速度にもよりますが、おおよそ15分~30分程度で完了します。
- 作成したUSBの中のデータはどうなりますか?
-
作成プロセス中にUSBメモリは完全にフォーマット(初期化)されるため、中に保存されているデータはすべて消去されます。必ず空のUSBメモリを使用してください。
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今回は「予防」のための救急キット作成法を解説しました。実際にPCが起動しなくなった際の、具体的な「初期対応プロトコル」については、以下の記事で詳しく解説しています。両方読んでいただくことで、先生のPCリスク管理は万全になります。