「ゴルフボールを入れた靴下で車体を叩き、修理費を水増しする」
2023年に明らかになり、社会を震撼させた中古車販売大手・ビッグモーターでの常軌を逸した不正請求事件。このニュースを見て、多くの人は「自動車業界特有の特殊なモラルハザードだ」と感じたかもしれません。
しかし、私は一人の臨床医として、この事件の奥に、我々医療界が抱える極めて根深い“病”と、全く同じ構造を見ています。
この記事では、ビッグモーター事件を一つの「症例」として解剖し、その病巣がいかにして我々の日常(医療現場)にも静かに転移しているかを考察します。
1. ビッグモーター事件を「解剖」する
まず、この事件の客観的な所見を整理します。
- 主訴: 事故車修理における組織的な保険金の不正水増し請求。
- 現病歴(背景): 事故車修理1台あたり「14万円前後」という、極めて高く非現実的な利益ノルマが現場に課せられていた。
- 組織的関与: 従業員への調査では、不正に関与した最大の理由が「上司からの指示(逆らえない環境)」であった。
この事件を引き起こした主因は、「現場の実態を無視した過剰なノルマ(プレッシャー)」と、それに「異を唱えることが許されないトップダウンの硬直した組織文化」の2点に集約されます。
2. その“病巣”は、医療現場にも存在しないか?
この「過剰なノルマ」と「上からの圧力」という関係性。翻って、我々医療界の日常はどうでしょうか。
ケース①:「宿日直許可」という、建前と本音
「ほとんど労働の実態がない」という建前(理想)の下に宿日直許可を取得しながら、実際には救急車の対応や緊急手術、病棟急変に追われる。この制度と現実の深刻な乖離が、医師に「サービス残業(あるいは違法な連続勤務)」という名の無給労働を強いる構造は、現場に無理を押し付けるビッグモーターのそれと、本質的に何が違うのでしょうか。
ケース②:「平均在院日数」という経営的プレッシャー
今や黒字の病院を探す方が難しい時代です。病院経営を維持するため、DPCにおける「平均在院日数」を可能な限り短縮するという目標(ノルマ)が現場に下りてきます。これが時に、患者さんにとって必ずしも最適とは言えない「早期の転院や退院」を、現場の医師に無言の圧力として強いていないでしょうか。
ケース③:美容クリニックや自費診療の「売上ノルマ」
近年急増する一部の美容クリニック等では、未経験の若手医師に「月間〇〇万円」といった明確な売上ノルマが課せられ、不要なオプション契約(アップセル)を患者に迫るよう指導されるケースが報告されています。これはまさに、不要な部品交換を強要された構図と酷似しています。
3. 組織の「病」に、どう向き合うべきか
ビッグモーター事件は、決して対岸の火事ではありません。 それは、非現実的な目標と過剰なプレッシャーが、いかにして誠実なプロフェッショナルを非倫理的な行動(あるいは心身の限界)へと追い詰めていくかという、現代社会の普遍的な「病理」を示しています。
我々医師は、自らがこのような組織の病の「加害者」にも、そして「被害者(スケープゴート)」にもならないために、常に自らの置かれた状況を客観的かつ批判的に見つめ続ける必要があります。
「この病院のやり方はおかしい」「倫理的に耐えられない」と直感したとき、組織に依存しきっていると、声を上げることも逃げることもできず、不正や過労の片棒を担がされることになります。
自らの医師としてのモラルとキャリアを守る唯一の方法は、「いつでもこの船を降りられる」という外部の選択肢(カード)を常に手元に持っておくことです。
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